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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)3014号 判決 1979年6月20日

主文

一  被告東江工業株式会社及び被告酒巻正和は各自

1  原告大高鉄弥に対し金二〇九万四三九二円及びうち金一八九万四三九二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を

2  原告大高富士子及び同大高総一郎に対し、それぞれ金五五万八七九二円及びうち金五〇万八七九二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を

3  原告藤岡ユキに対し、金一三〇万円及びうち金一二〇万円に対する昭和五〇年一二月二七日から、一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を

それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告東江工業株式会社、同酒巻正和との間において生じた分は、これを一〇分し、その七を原告らの、その三を右被告両名の負担とし、原告らと被告小谷蔦江、同藪下明との間において生じた分はすべて原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、

(一) 原告大高鉄弥に対し、金七一〇万六九五二円及びうち金六一八万六九五二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金九二万円に対する判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を、

(二) 原告大高富士子、同大高総一郎に対し、それぞれ金四一〇万七〇三六円及びうち金三五七万七〇三六円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金五三万円に対する判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を、

(三) 原告藤岡ユキに対し金一七二万円及びうち金一五〇万円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金二二万円に対する判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を、

各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求は、いずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外大高明子(雅号大高静壺、以下「亡明子」という)は、次の交通事故により、昭和五一年一月一二日死亡した。

(一) 発生日時 昭和五〇年一二月二六日午前一〇時四〇分頃

(二) 発生場所 千歳市平和一三八八番地先路上(国道三六号線)

(三) 加害車両 普通乗用車(室五五つ五三〇九号、以下「加害車」という)

(四) 右運転者 被告酒巻正和(以下「被告酒巻」という)

(五) 被害車両 普通乗用車(室五五せ九四三号、以下「被害車」という)

(六) 被害者 亡明子(当時四六歳、被害車運転)。原告大高富士子(以下「原告富士子」という)、同大高総一郎(以下「原告総一郎」という)(いずれも被害車に同乗中)。

(七) 事故の態様 亡明子は、前記日時場所において、右被害車を運転し、苫小牧方面から札幌方面へ直進していたところ、自車後部左側を、左方の千歳空港から進行してきた被告酒巻運転の加害車に衝突され、その衝撃で被害車は対向車線に押し出され、対進してきたダンプカーに衝突した。

(八) 結果 亡明子は右第六、七、八肋骨々折、両前腕擦過傷、肝破裂兼胆道損傷の各傷害を受け直ちに千歳市内の遠藤整形外科病院に収容され入院治療を受けたが、その効なく昭和五一年一月一二日死亡した。

2  責任原因

(一) 被告東江工業株式会社(以下「被告会社」という)は、本件加害車を保有し、事故時これを被告会社従業員である被告酒巻に運転させ自己の営業のため運行の用に供していたのであるから、人損につき自動車損害賠償保障法三条、物損につき民法七一五条一項により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 本件加害車を運転していた被告酒巻は、右折するに際し過失により本件事故を惹起したのであるから、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

(三)(1) 被告小谷蔦江(以下「被告小谷」という)は、被告会社の代表取締役であり、同藪下明(以下「被告藪下」という)は、同社の専務取締役である。

(2) 本件加害車には、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という)の契約があるのみで、いわゆる任意保険の契約がなかつた。

(3) ところで、近時、自賠責保険の保険金額が、漸時引き揚げられてきてはいるが、一たび交通事故が発生すると、右強制保険の限度額内では、到底損害の全部を償いきれないことは、多くの判例の示すところであり、その不足は任意保険契約によつて損害の填補に当てることは今や一般常識となつている。

(4) ところが、被告小谷、同藪下は被告会社の職務執行者として、同社に十分な支払能力もないのに、任意保険契約もしないで自動車を運行の用に供していたことは、取締役として職務を行うに付き重大な過失があつたものというべきであり、同被告らは、商法二六六条ノ三の規定により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

亡明子及び原告らは、本件事故により次のとおり損害を蒙つた。

(一) 亡明子の損害

(1) 治療費 金二五〇万二三八〇円

昭和五〇年一二月二六日から昭和五一年一月一二日までの入院治療に要した遠藤整形外科病院での治療費。

(2) 付添看護料 金五万四〇〇〇円

原告ら四名が、昼夜交替で付添つた一八日間の付添料一日金三〇〇〇円の割合による。

(3) 謝礼 金一二万八〇〇〇円

(ア) 輸血のための献血者及びマイクロバス等借用に対する謝礼 金六万八〇〇〇円

(イ) 医師、看護婦に対する謝礼 金六万円

(4) 交通費 金六万七五〇〇円

原告らが付添のために前記病院と自宅間等に利用したタクシー代及び自動車借用賃料。

(5) その他の諸雑費 金一五万四四〇〇円

栄養食補給費、消耗品費、通信費、その他の費用。

(6) 休業損害 金一一万三一七八円

亡明子の生年月日 昭和四年一〇月一三日(当時四六歳)

同職業 書道家。苫小牧市において勇払書道教室を経営。

北海道書道展委嘱会員、創元展学生審査員、北海道創元会員、女流書作家集団代表幹事、苫小牧書道連盟理事等。

毎日展入選、入賞。

事故年度の収入 申告所得 金二二九万五〇〇〇円

死亡までの期間 一八日

休業損害 金一一万三一七八円

(算式 2.295.000×18/365=113.178)

(7) 死亡による逸失利益 金一九二三万一六五〇円

亡明子は、前記のとおりの職業を有していた者であり、書道界においては中堅女流書家として、大いに将来が嘱望されていた者で、自らも将来において具体的計画を立てていた。

すなわち、昭和五一年には既設の書道教室のほかに同教室を札幌市豊平区東月寒に新設する計画と、苫小牧画廊(苫小牧市)、大丸ギヤラリー(札幌市)において個展を開催する計画を立てており、すでにその準備に着手していた。

右事情を参酌すると、亡明子が本件事故に遭遇しなければ、亡明子の前記(6)の申告所得は昭和五一年以降において、少なくとも年収金三〇〇万円を超えることは確実である。

そこで、亡明子の生活費を右収入の五〇パーセント、就労可能年数を二一年、ライプニッツ方式による中間利息を控除して亡明子の得べかりし利益を計算すると、金一九二三万一六五〇円となる。

(算式3.000.000×(1-0.5)×12.8211=19.231.650)

(8) 入院中の慰藉料 金一八万円

亡明子は、本件事故後直ちに病院へ収容され爾来一八日間あらゆる治療とそして最愛の夫、長女、長男、母の手厚い看護を受けたが、その効もなく、一八日間の激痛の末死亡したものであり、その慰藉料としては金一八万円が相当である。

(二) 亡明子の損害の相続

前記(1)乃至(8)の損害額は合計金二二四三万一一〇八円となるところ、亡明子の死亡により、原告大高鉄弥(亡明子の夫、以下「原告鉄弥」という)、同富士子(同長女)、同総一郎(同長男)は、それぞれ法定相続分に応じ、右請求債権の三分の一に相当する金七四七万七〇三六円ずつを相続した。

(三) 損害の填補

原告鉄弥、同富士子、同総一郎は、加害車の自賠責保険から支払われた金一六〇〇万円(傷病一〇〇万円、死亡一五〇〇万円)、被告会社から支払われた金二〇万円、合計金一六二〇万円の弁済金につき、これを各自三分の一の金五四〇万円ずつ受領して、亡明子から相続を受けた前記損害金の一部に充当した。

(四) 原告らの損害

(1) 原告鉄弥

(ア) 遺体運搬費 金三万円

(イ) 葬儀費用 金一三七万七九一六円

(ウ) 物損 金二〇万二〇〇〇円

本件事故により、亡明子の運転していた被害車(トヨタカローラ四七年型、原告鉄弥所有)が大破し使用不能となつたことによる損害。

(2) 原告らの慰藉料

亡明子の死亡による原告ら固有の慰藉料は、原告鉄弥が金二五〇万円、同富士子、同総一郎、同藤岡ユキ(亡明子の母、以下「原告藤岡」という)は各自金一五〇万円ずつ、合計金七〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用

ところで、原告ら各自の請求債権額は、前記(二)、(三)、(四)の損害額及び填補額を差引計算すると、

原告鉄弥 六一八万六九五二円

同富士子 三五七万七〇三六円

同総一郎 三五七万七〇三六円

同藤岡 一五〇万円

となるところ、被告らは右損害を任意に支払わないので、原告らは本件訴訟の追行を弁護士に依頼せざるを得ず、弁護士藤井正章に委任し、同人に対し着手金及び成功報酬として、各自認容額の一五パーセント相当額を支払う旨約しており、原告鉄弥は九二万円、同富士子、同総一郎は各自五三万円ずつ、同藤岡は二二万円の、各弁護士費用支払債務を負担している。

そして、その弁済期は遅くとも本判決確定の日である。

(六) 原告ら各自の本訴請求債権額

以上の結果、原告らの被告らに対する差引損害賠償請求債権額は次のとおりとなる。

原告鉄弥 七一〇万六九五二円

同富士子 四一〇万七〇三六円

同総一郎 四一〇万七〇三六円

同藤岡 一七二万円

4  結論

よつて原告らは、被告ら各自に対し、請求の趣旨記載のとおり、前項(六)記載の各金員並びに弁護士費用を差引いた各金員に対する本件事故の翌日である昭和五〇年一二月二七日から、各弁護士費用に対する本件判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1の事実について

(一)ないし(六)は認める。

(七)のうち、亡明子運転の被害車に被告酒巻運転の加害車が衝突したとあるは否認し、その余は認める。本件事故は被告酒巻が停止させていた車に亡大高明子運転の車が衝突したものである。

(八)は認める。但し本件事故と亡明子の死亡との間の相当因果関係は否認する。死亡は治療にあたつた遠藤医師の医療過誤に基づくものである。即ち、亡明子は、本件事故直後、遠藤整形外科病院に入院して治療を受けたが、当初は肋骨骨折および両前腕擦過症のみが発見され、そのいずれもが軽傷であつて治療の必要はなく、その後第一回目の開腹手術の後、肝破裂胆道損傷が発見されたが、すでに発見が遅れ、合計三回に亘つて開腹手術を行なつたものの病状悪化をくいとめる適切な措置に欠けたため死亡に至つたものである。

2  請求原因2(責任原因)の事実について

(一)及び(二)は認める。

(三)のうち、(1)ないし(3)は認め、(4)は争う。

3  請求原因3(損害)の事実について

(三)は認め、その余は不知。

三  抗弁(過失相殺)

亡明子には次のとおりの過失があり、この過失割合は同人の被つた損害に対し約五割の割合にあたると評価すべきである。

(一)  亡明子は、本件事故発生時には和服に草履ばきのスタイルで運転していたため、被告酒巻正和運転車両発見後十分に衝突を避けられるのに適切な回避措置を講ずることができなかつた。

(二)  亡明子は、本件事故発生時、路面が凍結して制動が十分にきかない状態であつたのに約七〇キロメートル毎時のスピードで運転していたため損害を大きくした。

(三)  亡明子運転車両のタイヤは三年間取替えたことがなくタイヤ溝は減滅して、約六ミリ程度しかなかつたため右廻りの回避措置を講ずることができなかつた。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。事故当時亡明子は防寒ぐつを履き、パンタロン及びオーバーブラウスを着用して、約五〇キロメートル毎時で被害車を運転していたものである。又本件被害車のタイヤは前輪にスノータイヤ、後輪にスパイクタイヤが装着されておりその摩耗度は問題とされるに至らない程度のものであつた。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)ないし(六)及び(八)の事実は当事者間に争いがない。

1  (事故の態様)

成立に争いのない甲第一五号証の一、二、同第一七号証、同第一八号証の一ないし五、同第一九ないし同第二五号証、被告小谷本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二号証の二ないし四、成立に争いのない乙第六号証、同第八号証、証人高瀬正芳の証言及び原告鉄弥本人尋問の結果(ただし、乙第六、同第八号証、原告鉄弥本人尋問の結果中、措信しない部分を除く。)を総合すれば

(一)  本件事故現場は、車道幅員一九・四メートル、歩道幅員三メートルの歩車道の区別ある国道三六号線と、車道幅員九メートル、歩道(南側のみ)幅員二メートルの歩車道の区別ある千歳空港に通ずる道路との、T字型交差点である(以下「本件交差点」という)。本件交差点は交通整理が行なわれていなかつたが、その付近一帯には建物等の遮蔽物はなく前方及び左右の見通しは良かつた。国道三六号線は中央分離帯が設置され片側二車線の道路で、本件交差点付近は直線でアスフアルト舗装され平坦であるが、路面は雪が凍結し、すべりやすい状態であり、中央線は雪のため走りながらでは見えない状態であつた。尤も当時の天候は吹雪であつたが視界は一〇〇メートル程でさほど不良ではなかつた。国道三六号線の制限速度は六〇キロメートル毎時であり、千歳空港方面から右国道に通ずる道路には、本件交差点の手前に一時停止標識があり、事故当時の交通量は国道三六号線は片側一分間に約一五台、千歳空港方面から右国道に進入する車両は三分間に一〇台程度であつた。

(二)  被告酒巻は被告会社土木係長を千歳空港へ迎えに行き同人を同乗させ、苫小牧に帰るべく被告会社所有の加害車を運転し、千歳空港方面から本件交差点にさしかかり、苫小牧方面に右折しようとして、本件交差点手前にある一時停止標識付近で一時停止し、右方を見たところいずれも左ウインカーを点滅しており、千歳空港方面へ進行する左折車であつたので、発進して交差点内に進入し、次いで左側を見たところ、本件交差点から約一〇〇メートル札幌寄りの地点を札幌方面から苫小牧方面に向けて、訴外福本敏夫運転の大型貨物自動車(ダンプカー)が走行してきたので、右大型車より先に右折してしまおうと考え、約一〇キロメートル毎時の速度で進行したが、その間右大型貨物自動車より先に苫小牧方面への車線に進入することに気をとられていたため右方の確認を怠り一時停止地点から約一〇・七メートル進んだ地点で初めて自車の右斜め前方約一三・五メートルの地点を苫小牧方面から直進してくる被告車を発見し、直ちに急制動をかけたが及ばず片側二車線の中央線を越えて内側車線(道路中央寄り)に約一・六メートル程進入したため、これを回避しきれなかつた被害車の後部左側に自車左前部を衝突させた。

(三)  一方、亡明子は原告富士子、同総一郎を同乗させ、被害車を運転し、国道三六号線(片側二車線のうち内側車線)を苫小牧方面から札幌方面に向かつて、約六〇キロメートル毎時の速度で進行し、事故現場である本件交差点にさしかかつたところ、千歳空港方面から来た加害車が右折しようとして右交差点内を徐行しているのを認めたが、そのまま速度を落さず交差点内に進入し、右加害車の前を通過しようとしたところ、加害車が停止せず進行してきたため、同車との衝突を避けようとして、ハンドルを右に切つたが及ばず、加害車の後部左側が加害車に衝突した。このため加害車は右斜め前方に向かつて約一一メートル進み、折りから対向車線を走行してきた訴外福本敏夫運転の大型貨物自動車の右後輪付近に激突し、その場で半回転して前部を苫小牧方面に向けて停止した。この事故により、被害車の前部は大破し、後部左側は左側ドア付近を中心に破損した。

以上の事実を認めることができる。被告小谷本人尋問の結果により成立を認める乙第三号証の一、二、右被告小谷本人尋問の結果中には右認定に反する部分が存するが前掲各証拠に照らし、信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  (相当因果関係)

本件交通事故により亡明子が右第六、七、八助骨々折、両前腕擦過傷、肝破裂兼胆道損傷の各傷害を受けたこと、事故後直ちに千歳市内の遠藤整形外科に収容され、入院治療を受けたこと及び昭和五一年一月一二日に死亡したことは当事者間に争いがないところ、被告らは本件事故と亡明子との死亡との因果関係を争うのでこの点につき判断する。

成立に争いのない甲第二号証、同第三号証の一、二及び乙第七号証を総合すれば、初診時(昭和五〇年一二月二六日)、亡明子は意識障害及び出血性貧血もなく、血圧も正常に保たれていたが、右側胸部痛を主訴していたこと、この時亡明子を診察した訴外遠藤昭治医師(以下「遠藤医師」という。)は両前腕擦過傷、右第六、七、八助骨々折と診断し、亡明子を入院させ安静の上、点滴、投薬を続けながら経過をみることとしたこと、翌二七日、外科の担当医が胆臓損傷の疑いを抱いたが緊急の手術の必要性は認めず、もう少し様子をみることとしたこと、更に一二月二八、二九日と様子を見たが、嘔吐、腹膜炎症状があらわれたので翌一二月三〇日担当外科医の執刀により第一回目の開腹手術をしたこと、右手術により初めて肝破裂兼胆道損傷を発見し、肝臓損傷部の一部の縫合、腹膜炎に対するドレナージを行なつたが経過が悪く昭和五一年一月二日第二回目の開腹手術を行なつたところ、新たに生じた胆道閉塞の他に別の破裂個所を発見しその縫合等を行なつたこと、手術後一時経過は良好となつたが再び悪化し、胆汁性腹膜炎及び出血傾向が顕著となり昭和五一年一月一〇日第三回目の開腹手術を行ない腹腔内を洗浄したが、全身状態の改善がみられず、結局、亡明子は同年一月一二日死亡したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右によれば亡明子の死亡は本件交通事故による受傷(とくに肝破裂、胆道損傷)に起因するものであることは明らかであり、仮りに被告らが主張するように遠藤医師において肝破裂等の発見が遅れたとしてもそれは遠藤医師においてその病症の進行を有効に阻止しえなかつたというに止り、医師の過失が別個独立の致死原因を与えたものではないから、本件交通事故と亡明子の死亡との間には相当因果関係が存するものというべきである。

3  (被告らの責任)

(一)  前記認定の事実によれば本件加害車を運転していた被告酒巻が右折するに際して右方の安全確認義務及び直進車の進行を妨害してはならない義務に違反した過失により本件事故を惹起したものであることが明らかであり(被告らもその具体的内容は別として被告酒巻に過失のあつたことは争わないところである)従つて、同人は民法七〇九条により、右事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  請求原因2の(一)の事実は当事者間に争いがなく、被告酒巻に過失のあること右のとおりであるから被告会社は本件事故による損害中、人損につき自動車損害賠償保障法三条により、物損につき民法七一五条一項により、その損害をそれぞれ賠償すべき義務がある。

(三)  次に被告小谷及び同藪下の責任につき判断する。

請求原因2の三の(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがなく、原告らが被告会社に対しそれぞれ損害賠償債権を有していることは後記認定のとおりであり、原告鉄弥本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したものと認められる甲第三四号証の一、二、同第三五号証の一、二を総合すると本件事故発生当時被告会社の資産、経営状態が悪化していたこと、このため原告らは右債権の弁済を受けることが困難であることが推認される。

ところで原告らは被告小谷、同藪下が任意保険に加入することなく本件加害車を使用していたことは取締役としての重大な過失による任務懈怠であり商法二六六条の三の責任がある旨主張するので考えるに、任意保険に加入しないことが任務懈怠に該るか否かにについては当該会社の業種、経営内容、過去の事故発生率、支払うべき任意保険料の額、自賠責保険による填補率その他の諸事情を総合的に勘案して決すべきであり一律に論ずることができないのはもち論であるが仮りに本件において任意保険に加入していなかつたことが右被告らの任務懈怠に該るとしても、任意保険に加入していなかつたために本件事故が発生したと認めるに足りる証拠はないから右任務懈怠と本件事故による原告らの損害の発生との間には相当因果関係はないといわざるを得ない。もとより原告らは被告会社に対し本件事故による損害賠償債権を有しているのであるから右被告らの任務懈怠により被告会社の財産状態が悪化しもつて右債権の満足を得られないようになつたような場合は右被告らに対し商法二六六条の三に基づき損害賠償の請求をなし得ないわけではないが本件における被告会社の財産状態の悪化が原告の主張する被告会社の保有車両について任意保険に加入しなかつたことの任務懈怠により生じたものと認めるに足りる証拠はないから、この点においても原告らの主張は理由がない(因みに被告会社の経営不振、財産状態の悪化の原因については全証拠によるも明らかでない)。

右によれば、被告小谷及び同藪下の責任に関する原告らの主張は理由がない。

三  損害

1  亡明子の損害

(一)  治療費 二五〇万二三八〇円

成立に争いのない甲第三号証の一、二及び原告鉄弥本人尋問の結果によると、亡明子は前記遠藤整形外科病院における入院治療費として合計二五〇万二三八〇円を要したことが認められる。

(二)  付添看護料 四万五〇〇〇円

成立に争いのない甲第五号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると原告らは昭和五〇年一二月二六日から昭和五一年一月一二日まで計一八日間交替で亡明子に付添看護したことが認められ、前認定の亡明子の受傷内容に鑑みると、その付添看護労働は一日あたり二五〇〇円と評価するを相当とする。

算式 2,500×18=45,000

(三)  謝礼

(1) 医師、看護婦への謝礼 三万円

甲第四号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると、医師、看護婦への謝礼として六万円を支払つたことが認められるが、前認定の亡明子の受傷内容及び治療経過に鑑みると石謝礼は三万円をもつて相当とする。

(2) なお、原告鉄弥本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると、献血者の一部及びその輸送用自動車の貸与者に対する謝礼として、六万八〇〇〇円を支払つたことが認められるが、これは右献血者らの厚意に対する純粋な感謝の念から出たものと解すべきであり後記入院雑費の算定にあたり考慮すれば足りるものと考える。

(四)  交通費 三万円

甲第四号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると亡明子の夫である原告鉄弥は亡明子の入院先の遠藤整形外科病院と自宅(苫小牧市勇払)等の交通のために、利用したタクシー代、被告会社から借用した車の為のガソリン代のほか同原告の友人の車を利用させてもらつた謝礼等合計六万七五〇〇円を支出したことが認められるが、右支出内容、居住地と亡明子の入院地(千歳市)との間の距離を考慮すると近親者の付添のための交通費は三万円をもつて相当とする。

(五)  その他の諸雑費 四万五二〇〇円

甲第四号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると消耗品費(寝巻、シーツ、紙おむつ等)、通信費、栄養食補給費、献血者に対する謝礼等二二万二四〇〇円を支出したことが推認されるが、亡明子の傷害の部位程度、手術経過、手術回数等に鑑みると、右費用のうち寝巻、シーツ、バスタオル、さらし、紙おむつ、下着、石けん、ちり紙のため支出した費用三万四四〇〇円のほか一日当たり六〇〇円の割合による諸雑費の合計四万五二〇〇円が本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

算式 (600×18)+34400=45200

(六)  休業損害 一一万三一七八円

亡明子は本件事故日から死亡に至るまで一八日間入院したことは既にみたとおりであり、同人が書道教室等を経営し事故前一年間に二二九万五〇〇〇円の所得を得ていたこと後記(七)認定のとおりであるから、亡明子の右休業期間中の損害は一一万三一七八円(円未満切捨)となる。

算式2295000×18/365=113178

(七)  逸失利益 一四七一万二二一二円

成立に争いのない甲第六、同第一二号証、原告鉄弥本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二八、同第二九号証、同第三〇号証の一ないし一三、同第三二号証及び原告鉄弥本人尋問の結果を総合すると、本件事故当時、亡明子は四六歳の健康な女性で、書道家として苫小牧市において勇払書道教室を経営するかたわら、北海道書道展委嘱会員、創元展学生審査員、北海道創元会員、苫小牧書道連盟理事等をつとめ、その間毎日展、北海道書道展等に入導あるいは入賞した経歴を有すること、右書道教室の経営等により事故前一年間(昭和五〇年度)に二二九万五〇〇〇円の所得を得ていたことが認められる。

右事実によると、亡明子は本件事故に遭わなかつたならば六七歳までなお二一年間稼働することができたと推認され、またその間の亡明子の得べかりし年収は二二九万五〇〇〇円であるから、同人の生活費五〇%を控除し、ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益を算定すると、一四七一万二二一二円(円未満切捨)となる。

算式 2,295,000×(1-0.5)×12,8211=14,712,212

なお、原告らは、亡明子は、昭和五一年には既設の書道教室のほかに同教室を札幌市豊平区に新設する計画と、苫小牧市及び札幌市において個展を開催する計画を立てており、すでに、その準備に着手していたから、亡明子の本件事故後の収入額の算定にあたつては右事実をも考慮に入れて年収を三〇〇万円とすべきものと主張する。たしかに、原告鉄弥本人尋問の結果中には右主張に副う部分もあるが、そのことから直ちに亡明子の昭和五一年以降の年収が三〇〇万円以上になるとは認め難く他に右事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用することができない。

(八)  入院中の慰藉料 一八万円

本件事故の状況、亡明子の受傷内容、入院治療の経過等諸般の事情を考慮すると、亡明子が本件事故によつて蒙つた入院中の精神的損害は一八万円とするのが相当である。

2  相続

成立に争いのない甲第一二号証によると、原告鉄弥は亡明子の夫であり、原告富士子(亡明子死亡当時一九歳)、同総一郎(同一七歳)は亡明子の子であることが認められるから、右原告らは亡明子の前記損害合計一七六五万七九七〇円の損害賠償請求権を法定相続分各三分の一の割合で承継し、その額はそれぞれにつき五八八万五九九〇円(円未満切捨)となる。

3  原告らの損害

(一)  原告鉄弥の損害

(1) 遺体運搬費 三万円

甲第四号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると、原告鉄弥は、亡明子の夫であるところ、亡明子の遺体運搬費として三万円を支出したことが認められる。

(2) 葬儀費用 五〇万円

成立に争いのない甲第一〇号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によれば亡明子の葬儀費用として一三七万七九一六円を支出したことが認められるが、右費用のうち、本件事故と相当因果関係にある損害は五〇万円と認めるのが相当である。

(3) 物損 二〇万二〇〇〇円

成立に争いのない甲第一一号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によれば、本件事故により、原告鉄弥所有の被害車が大破し、使用不能となつたため、原告鉄弥は二〇万二〇〇〇円相当の損害を被つたことが認められる。

(二)  原告らの慰藉料

甲第一二号証及び原告鉄弥本人尋問の結果によると原告ユキは亡明子の母であることが認められ、原告鉄弥は亡明子の夫であり、同富士子及び同総一郎は亡明子の子であることは前記認定のとおりであるところ、右原告らと亡明子との間の身分関係、原告らの年齢、亡明子の受傷内容・入院治療の経過、その他諸般の事情を考慮すると、亡明子の本件事故死によつて右原告らが受けた精神的苦痛を慰藉するに相当な額は原告鉄弥につき二五〇万円、同富士子、同総一郎及びユキにつき各一五〇万円を相当と認める。

4  過失相殺

前記二に認定した本件交差点の状況及び事故の態様に鑑みると、亡明子にも、雪が凍結しすべりやすい状態になつていた本件交差点に減速もせず、法定の最高速度である約六〇キロメートル毎時の速度で進入し、かつ本件交差点内に進入してきた加害車の動向に充分注意しないまま進行したため十分な回避措置がとれなかつた点に過失が認められるから、本件事故発生に寄与した過失割合は被告酒巻のそれを八割、亡明子のそれを二割とするのが相当である。

なお、被告らは本件事故当時、亡明子の服装は和服に草履ばきであつた、被害車のタイヤの溝は約六ミリメートル程に摩耗していた旨主張するところ、被告小谷本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、二同第四号証の各記載中には右主張に副う部分もあるが、右成立に争いのない甲第二六号証、同第二七号証、原告鉄弥本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三六号証、証人高瀬正芳の証言、原告鉄弥本人尋問の結果に照らし、たやすく信用することはできず、他に前記被告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告らの前記損害額(原告ら固有の損害も含む)から過失相殺としてそれぞれ二割を減ずると、原告鉄弥につき七二九万四三九二円、同富士子及び同総一郎につき各五九〇万八七九二円、同ユキにつき一二〇万円となる。

5  損害の填補

本件事故により原告鉄弥、同富士子、同総一郎は、加害車の自賠責保険から一六〇〇万円、被告会社から二〇万円、合計一六二〇万円を受領し、これを三等分した五四〇万円を同人らの損害賠償請求権に充当したことは当事者間に争いがないからこれを前記4の損害額から控除すると、原告らの有する残損害額は、

原告鉄弥につき 一八九万四三九二円

同富士子につき 五〇万八七九二円

同総一郎につき 五〇万八七九二円

同ユキにつき 一二〇万円

となる。

6  弁護士費用

本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害と認めるべき弁護士費用は本件訴訟の経緯、難易度、右原告らの請求認容額等に鑑みて原告鉄弥につき二〇万円、同富士子及び同総一郎につき各五万円、同ユキにつき一〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上によれば、被告酒巻及び被告会社は各自原告鉄弥に対し二〇九万四三九二円及びうち一八九万四三九二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、二〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を原告富士子及び同総一郎に対しそれぞれ五五万八七九二円及びうち五〇万八七九二円に対する昭和五〇年一二月二七日から五万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を原告ユキに対し金一三〇万円及びうち一二〇万円に対する昭和五〇年一二月二七日から、一〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

よつて、原告らの、被告酒巻及び被告会社に対する本訴各請求は、右の限度で理由があるから認容し、被告らに対するその余の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宗宮英俊)

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